IP 所有型ビジネスの復権 、 そして ASEAN への静かなシフト
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IP 所有型ビジネスの復権 、 そして ASEAN への静かなシフト

2026年4月30日·4分で読了

エンタメ IP 業界の重心は、2026 年を境に静かに、しかし確実に移動しつつある。象徴的な 2 つの数字がある。ひとつは東宝が 2026 年 4 月 14 日に発表した 2026 年 2 月期決算。もうひとつは、ipranking.io が 86 カ国で集計するアニメ IP の需要ヒートマップが示した地理的偏りである。

東宝は同決算で、過去最高となる連結営業収入 3,606 億円 (前年比 +15.2%)、親会社株主に帰属する当期純利益 517 億円 (同 +19.4%) を計上した。数字そのものも歴史的だが、より注目すべきは開示の「構造変化」だ。同社はこの決算期から、従来「映画事業」に含めていた IP・アニメ関連ビジネスを、独立した報告セグメントとして切り出した。2025 年 4 月に策定した「中期経営計画 2028」で当該領域を成長領域と明確に位置付けた結果である。単なる会計上の区分ではない。資本市場への明確なシグナル 、 IP は副次事業ではなく主幹事業である 、 を送った形だ。

新設された IP・アニメ事業セグメントの 2026 年 2 月期営業収入は 752 億円 (前年比 +8.5%)。このうち最も伸びたのは「映像の利用・許諾」収入で 341 億円 (+24.9%)。『呪術廻戦』『SPY×FAMILY』『ハイキュー!!』等の TOHO animation 作品の国内外配信からの配分金が急伸した。対照的に、フィジカルな「商品の販売」は 181 億円 (-18.2%) と減速。「商品化権等の利用・許諾」は 159 億円 (+9.0%) で堅調。配信と商品化権というライセンシング型収益が伸び、物販は踊り場という、IP オーナー企業特有の収益構造が浮き彫りになった。

しかし業界にとって決定的なのは、長期目標の規模である。東宝は 2032 年 (創立 100 周年) の連結営業利益目標を 750 億円から 1,000 億円と設定した。そのうち IP・アニメ事業単体で 2025 年 2 月期実績 222 億円の「200% 以上」、すなわち 444 億円超を目指す。同事業の営業利益率は現在の約 23% から「約 32%」へ引き上げる計画だ。通常の映画製作事業の利益率を大幅に上回る水準であり、IP ビジネスが資本効率の高い成長エンジンとして設計されていることを示す。

この目標を支えるのが海外展開の加速である。同社は 2026 年 2 月期中に欧州拠点を設立、英国アニメ配給会社 Anime Limited を買収した。海外事業人員は 174 名から 2027 年に 250 名程度、約 44% 増への拡大を計画。連結海外売上比率は 2032 年に 30% を目指す。

この戦略転換の合理性は、実需データで裏付けられる。ipranking.io が 86 カ国で集計する Google Trends の地域別需要スコアでは、2026 年 4 月第 3 週時点の地域平均で、北米 (3 カ国) が 33.8、ASEAN (6 カ国) が 32.7、EU (6 カ国) が 20.6 となった。ASEAN と EU の差は 50% を超える。「アニメ市場の中心はまだ北米と EU」という従来のマーケティング前提は、少なくとも需要側では既に妥当性を失っている。

象徴的なのが One Piece の国別需要だ。同 IP の国別検索需要は、Philippines が 100、Myanmar が 90、Thailand が 62、Singapore が 68、Vietnam が 49 となった。米国は 58 で同 IP の地域別 7 位である。フランス 82、イタリア 73 と EU 主要国は健闘するが、東南アジア諸国の需要密度は北米を凌駕する。One Piece 一作品に限らず、ipranking.io のデータでは ASEAN 地域で measurable demand が観測される IP 数は 246 件 、 北米の 236 件、EU の 229 件を上回る。

東宝が 2032 年に向けて海外展開を加速し、Anime Limited を買収し、欧州拠点を設立し、海外人員を 44% 増やすと宣言した背景には、こうした需要地図の移動がある。日本の IP ホルダーにとって、残された問いは「ASEAN に進出すべきか」ではなく、「いかに速く、深く ASEAN を組み込むか」である。

ipranking.io は Vol.2 以降、各 IP ホルダーのセグメント別開示の変化と、国別需要動態の連動を四半期ごとに追跡する。資本市場が IP の「保有価値」を再評価し始めたこの局面で、次に動くのは東映アニメーション、KADOKAWA、バンダイナムコ、集英社、サンリオといった主要 IP プレイヤーかもしれない。

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